福祉の分断 Social servicesになれなかった日本の「福祉」(2021年11月14日記)

2021年11月14日 記

私が活動している寝屋川で、10月末から新しい取り組みをはじめた。
寝屋川コミュニティフリッジ

プレゼンテーション1

 2018年の台風21号の被災からとにかく耐え続けてきて、ようやく本来の地域の活動ができるようになったとき、「お互いさま」「たすけあい」というキーワードの中で展開できる活動に出会った。元祖は岡山の「北長瀬コミュニティフリッジ」で、そのシステムを移築して運営させていただく。全国にこの岡山式を広めていくネットワークにも参加し、その開設第1号になる。

 このシステムを導入しようと思ったきっかけというよりも、クラウドファンディングを得て、開設の前段階になってから、予想以上に大きな障壁に突き当たっている。そして、それはここ数年の私の大きな問題意識と完全にオーバーラップする。しかし、それは大きな難題なのだ。

 コミュニティフリッジ・システムを導入しようと思ったきっかけを書かないと言ったが、少しだけ。
 このコミュニティフリッジ・システムは、非接触、非対面を目指しているシステムだ。もちろん、完全には難しいが、システムに参加できるデバイスをもっていれば、ほぼ非接触・非対面が実現できる。開設して1年の岡山は半数くらいがネットからの利用申し込みであり、デバイスをもっていれば、非対面で利用ができているという。実はこれこそが、私がコミュニティフリッジを取り入れようとした大きな理由だった。

 しかし
 予想はしていたことだが、岡山と寝屋川では地域性が全く違う。そして、運営団体の正確や姿勢も違う。同じ「まちづくり」を標榜していても、ベタベタに40年以上「福祉」を前面に活動していた寝屋川市民たすけあいの会は、どうしてもその「色」が出てしまう。そして、普段のネットワークからも圧倒的にその「色」がついている。そして、その「色」が前面にでてくることによって、「デバイス」を持ち得ない層のニーズをかくも拾ってきてしまう。

 もちろん、それも一つの活動の「ねらい」ではあり、多様なコンテンツと方向性をもつ寝屋川市民たすけあいの会としては「あり」ではあるが、そこが一人歩きし、前面に出すぎると、本来の食品ロスを前面にした「たすけあい」活動という緩やかな地域ネットワークの色が薄れてしまう。個人的にはそこにこそ、「コミュニティフリッジ」の非対面、非接触の良さがでると思っているのに、である。

 私は「もっとも困っている人」へ届ける とか、「ひとりも取り残さない」などということばを私たちのような民間のNPOが活動の目標として発することは適切でないと思っている。基本的なセーフティネットは公的に保障されるべきものだ。もちろん、出会った人の「困りごと」を無視するという意味ではない。しかし、そんなことを言ってしまえば、私自身が「困った人」を作りだしてしまう。そして、その構造に自ら身を置くことになる。いまを乗り越え、その先につないでいくことが私たちの大きな役割であると思っている。

 ところが、現実はそうはいかない。その現実がなぜ起こり続けるのかを考えたときに、日本の社会福祉制度がその構造を大きく変えようとしはじめた1990年代から2000年代にこの構造の端は発すると思っている。あのとき、社会福祉基礎構造改革という名のもとに、介護保険が創設され、高齢者介護や障害者福祉、そして、保育が「社会サービス」になったのだ。そう、イギリスの「Social services」のようなサービスメニューを一定の市場システムを導入する【官製ビジネス】として。

(いまの首相がまさに繰り出しはじめているものの中に「公定価格」というおもしろいことばを介護や保育の分野に出してきているが、まじめにあの議論をすれば、1990年代の社会福祉基礎構造改革の失敗というようにしか聞こえない)

 いまやあたり前のように使われる「福祉サービス」ということばは、その深化とともに、新たに、いや、再び「(社会)福祉」を明らかに必要とする構造を生み出してきている。
 もちろん、欧米では、Social servicesには公的扶助(日本で言う生活保護制度)が組み入れられているので、それと同じではないか、と言われる方もおられるだろう。
 日本でこの20余年起こってきていることは、社会サービスとなったそれらの「福祉サービス」が依然として、サービス受給者として、必ず「ラベリング」を含む申請を行い、行政に認定された上でそれらのサービスを受けなければならず、かつ、そのサービスは「困りごと」を解決するのではなく、定式化された「消費サービス」としてメニュー化され、サービスを使える人を限定しているという事実である。
 そして、さらにいうならば、この20年日本の貧困化が数多く指摘されているにもかかわらず、生活保護制度はその仕組みを変えておらず、かつ、その基準は厳しくなり、受給額も減っているという事実である。

ということは、「福祉サービス」利用者と「公的扶助」適応者の間に大きな層を作りだしているということだと感じているのだ。加えていうならば、これは必ずしも、この20年で新たに言われるようになった「ワーキングプア」の概念や層とは一致しない。ワーキングプアは雇用労働面の視点から指摘されることの多い(日本では?東洋では?)がここで私がいいたいのは、福祉政策の視点からであるからだ。

私たちは行政からの委託事業も受けているし、比較的近いところで事業を行っている。もちろん、福祉制度でやれることもある。それがいまの福祉サービスという制度の枠でもだ。しかし、その限界は、刻一刻とそのラインを下げてきているようにも思う。
それは、従来から指摘されているように、サービスを使いたくても使えない人の存在やサービスそのものが充足されない人やサービスのすきまに陥ってしまい、届かない人たちも含まれる。
しかし、それだけではなく、本来、社会サービスとして、誰でもが必要になれば、使えるようになるはずだった「福祉サービス」がその姿を、選別のシステムとして、巨大化させることによってさらなる「ラベル化」を深めてしまい、「福祉サービス利用者」という医療で言う「患者」のような弱者のラベルを濃厚につけてしまったとき、分断は最高潮に達しているように思う。やり直しのきかない私たちの生きるこの社会は、その「ラベリング」を十分に活かし、強化している。

コミュニティフリッジの取り組みは、小さいささやだけれど、そのことについての対抗でありたいと思っている。早くも風前の灯火であるが、消えてしまわないように、少しでも。

(この文章はnoteとダブルポストです)